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岐阜地方裁判所高山支部 昭和41年(わ)21号 判決

被告人 堂前勝次

主文

被告人を判示第一の各罪および同第二の犯罪事実一覧表(1) ないし(4) の各罪につき死刑に、同表(5) ないし(8) の各罪につき懲役八月に処する。

未決勾留日数中右懲役刑の刑期に満つるまでの分をその刑に算入する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

本件公訴事実中死体遺棄の点については被告人を免訴する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は富山県東砺波郡平村字杉尾の農家の五男として生れ、尋常小学校を卒業して、しばらく家業の手伝いをしたのち、同県高岡市・富山市などで工員として働き、その後軍隊生活を経て、終戦後は郷里で農業にたずさわるかたわら木工場で働いて、昭和二五年一二月頃妻きみと結婚し、同二七年八月頃、当時電源開発株式会社による御母衣ダム建設に伴い水没の予定されていた岐阜県大野郡荘川村海上地内に友人らが開設した木工場で稼働することになつて同地に居を移し、その地と同様水没の予定されていた隣村の白川村で農業を営む中谷悦造(大正二年一一月一一日生)の知遇を得、昭和二九年八月頃同会社から金一五一万余円の水没補償金の支払を受けて、同三〇年七月頃妻子とともに高山市に転出して肩書地に住居を構え、間もなくその敷地内に木工場を開設してその経営にあたつていたところ、右中谷悦造が同三三年三月頃金二、七六四万余円の水没補償金を得て同市名田町二丁目七六番地に転居し耕地を買求めて農業を営むかたわらアパートを経営するなどして裕福にくらすところとなり、以来中谷悦造から木工場経営資金の融資を受けるなど多大の恩義を受けて同人と親しく交際を続けていたものであるが、

第一、昭和三五年頃から木工場の経営が不振に陥り、同三三年七月頃右悦造から借受けた金三〇万円に対し月々金一万円宛の利息はこれを支払つていたものの、他に百数十万円の借財もあつたところから元金の返済に苦慮し、なおしばらくの猶予方を懇願していたがこれを肯んじない悦造から強硬にその返済を迫られるところとなり、同三六年七月頃悦造から「これだけの工場をやつていて三〇万円の借金が返せないようなら工場をやめてしまえ。」と面罵されるにおよんで憤慨し、かつ経営資金に窮迫していた折から同年八月始め頃にいたつて、いつそ悦造を殺害して右金三〇万円の返済を免れるとともにその遺族から金銭を騙取しようと考えるにいたりその方法につき種々考慮をめぐらせたが思案に余り、同月一〇日頃、以前金融を受けて顔知りの高利貸高山市江名子町三、二一六番地中田次良作方を訪れて同人に対し「御母衣ダムで多額の補償金を得て名田町に住む中谷悦造がやくざに脅迫されて何処かへ連行されたが、これを救い出すのに金が要る。そこで中田が悦造に金を貸していることにして、悦造の家族から金を引き出す方法はないか。」と虚構の事実を申し向けてその方法の教示方を求めたところ、右中田から公正証書作成嘱託に関する一切の権限を委任する旨印刷された委任状用紙を示されて「この委任状に金額を記入して中谷悦造の署名捺印を得てくれば金をとるのはわけがない。金額は大きいほどおもしろい。」と示唆されてこれを容れ、ここにおいて右中田との間に、中田が被告人を介して悦造に金三八〇万円を貸しつけたものと仮装して悦造の家族から右金員を騙取することを共謀のうえ右委任状用紙を持参帰宅し、その頃妻子が旧盆のため郷里富山県に出向いていた折から、この際悦造を自宅に誘い出して殺害し、前記金三〇万円の返済を免れるとともに同人の印鑑を奪取して悦造名義の委任状を偽造し、もつて金員騙取の目的を遂げようと決意し、

(一)  同月一二日午後二時頃中谷方に赴いて悦造に対し「今晩取引先から金が入るので借金を返すから判を持つてきてくれ。」と申し欺いておいたうえ、高山市内において睡眠薬ブロバリン三〇錠・イリ粉約三〇〇グラムを購入して帰宅し、同日午後七時過ぎ頃貸金三〇万円の返済が受けられるものと誤信し印鑑を持参して来訪した悦造を自宅表四畳半の座敷に招じ入れておいてから奥の台所に立ちいたり、用意のブロバリン三〇錠を一個のガラスコツプに入れて水で溶解させたうえ、さらに白砂糖・イリ粉を混入撹拌して八分目まで水を加え、他のガラスコツプには白砂糖・イリ粉のみを入れて水で撹拌し、右二個のコツプにそれぞれ丸箸一本宛添え、これを白砂糖瓶イリコ瓶とともに木製盆に載せて前記四畳半の座敷に立ちもどり、悦造の面前にしつらえられた飯台にこれを置いて、ブロバリンの混入していないコツプを片手にとりながら「イリ粉水でも飲もうや。」と、ブロバリンの混入した一方のコツプのイリ粉を飲用するよう悦造を促し、その情を知らない悦造をして右コツプ中のブロバリンをイリ粉・白砂糖・水とともに飲用させ、間もなく同人がブロバリンの作用によりその場に横臥して眠りに陥つたのを確めるや、同日午後八時過ぎ頃自宅前の物置小屋から巾約一、五糎・長さ約一米の扁平な荷造用紙紐一本を持ち来り、これを横臥昏睡している悦造の背後からその頸部に二回巻きつけ、後部で交叉させて両手でこれを引きしめ、よつて同時刻頃同室において悦造を窒息死するにいたらしめて殺害し、もつて前記金三〇万円の請求を不能ならしめて財産上不法の利益を得るとともに、同所において悦造着用のズボン右ポケツトから同人所有の中谷と印刻された印章一個を強取し、

(二)  同日午後九時頃右四畳半の座敷において、行使の目的をもつて擅に、中田次良作から交付を受けていた前記委任状用紙の債務表欄に悦造の筆跡をまねて高山市名田町二丁目七四中谷悦造と記入し、その名下に前項掲記のとおり強取した悦造の印章を押捺し、貸借金欄に五百五拾万円也と記入したうえ、翌一三日午前九時頃右委任状を持参して前記中田次良作方にいたり、情を知らない同人に対し悦造の署名捺印を得てきたからかねて共謀しておいた金員騙取を実行されたい旨申し向けてこれを手渡し右中田をして即時同人自宅において右委任状に、債権者中田次良作・債務者中谷悦造・貸借日および委任状作成日昭和三六年八月五日・利息年六歩・代理人下萩吉郎とそれぞれ記入させ、もつて中谷悦造が昭和三六年八月五日中田次良作から金五五〇万円を利息年六分として借受け、これが公正証書作成嘱託に関する一切の権限を下萩吉郎に委任する旨の同年八月五日付中谷悦造作成名義の委任状一通の偽造を遂げ、次いで同日午前一一時頃高山市名田町二丁目七六番地亡中谷悦造の妻中谷かよ子方において、情を知らない右中田次良作をして同女に対し、右委任状が真正に成立したものとしてこれを呈示させて行使し、かつ同時刻頃同所において、かねて共謀したところにより、右中田から、金銭貸借に関する証拠書類について知識のない同女に対し「一週間前に悦造に対し一週間の約束で三八〇万円貸したから返してくれ、返さなければ、これは公正証書だから財産を差押えて五五〇万円までとる。主人の借りた金はあんたにも払う義務がある。」などと虚構の事実を申し向けて金三八〇万円の支払を請求し、同時に被告人においても、悦造から斡旋方を依頼されて中田を紹介し悦造は中田から金三八〇万円を借受けこれを持つて情婦とかけ落ちした旨虚構の事実を申し向けたほか、同月一四日頃岐阜市内から亡中谷悦造の家族一同宛に「悪いことをして申しわけありません。私しばらく旅でくらします。金の方は早く解決して下さい。あまりひとにいわずにして下さい。そのうち帰えります。はんこ送つた。」と悦造の筆跡をまねた、中田次良作に対する借金を返済すべき旨依頼したように推知させる手続に強取した前記印章を同封して郵送し、翌一五日頃右かよ子をしてこれを開披閲読させるなどこもごも同女を欺罔し、よつて同女をして夫悦造が真実中田次良作から金三八〇万円を借受け、同女にその支払義務があるものと誤信させ、もつて同女方において同女をして右中田に対し同月二一日頃現金一四〇万円・同年九月一五日頃現金一四〇万円・同年一〇月一五日現金一〇〇万円計金三八〇万円を交付させてこれを騙取し、

第二、昭和三六年三月一日、肩書地の近くで経営していた木工場備付けの機械類を高山市名田町二丁目尾崎栄一に売渡し同日同人からこれを借受けて、以来同人のために預り保管していたものであるが、昭和三七年六月頃から同四一年一月頃までの間八回にわたり、その別紙横領犯罪事実一覧表目的物件欄記載の機械類を同工場(但し、同表(7) 、(8) は自宅)において同表記載のとおり山本幸一郎外七名に対し擅に売却あるいは代物弁済として交付して横領し

たものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(確定裁判)

被告人は昭和三七年八月二八日高山簡易裁判所において道路交通法違反の罪により罰金二、五〇〇円に処せられ、右裁判は同年九月一三日確定したものであつて、この事実は前科調書によつて認められる。

(法令の適用)

被告人の判示所為中、第一の(一)の強盗殺人の所為は刑法二四〇条後段に、同(二)の私文書偽造の点は同法一五九条一項に、同行使の点は同法一六一条一項、一五九条一項に、詐欺の点は同法二四六条一項、六〇条に、第二の各横領の所為はいずれも同法二五二条一項にそれぞれ該当するところ、判示事実のとおり被告人は、昭和二七年八月頃岐阜県大野郡荘川村海上部落に転居以来知遇を得、同三三年三月頃以降は高山市名田町内の近隣にあつてその営む木工場の経営資金の融資を受けるなど多大の恩義を受けて親しく交際を続けていた中谷悦造を、たとえ同人から借金の返済を強く迫られていたとはいえ、また高利貸しの中田次良作から金員騙取の方法を示唆されたとはいえ、金三〇万円の借金返済方の追及を免れる一方、多額の補償金を得て裕福な中谷一家から金員を騙取し、もつて自己の経済的窮状を脱しようとの意図から、報恩を転じて怨恨と化し、物欲の虜となつて巧妙仔細に事を構え、所期の目的を達成せんがため先ずは中谷の印章を奪取すべく、その手段として家人留守中の自宅に虚言を用いて悦造を誘い出し、イリ粉水をすすめるように装いながらかねて用意のブロバリンを飲用させて昏睡に陥れ、すかさずこれを絞殺して印章奪取の目的を遂げるや、直ちに委任状の偽造に着手し、翌日朝食もそこそこに悦造の死体を物置小屋に放置したまま中田次良作方に駆けつけ、即日同人ともども金員騙取行為に着手して、ついに所期の目的を遂げるにいたつたものであつて本件は強度の利欲を動機として犯された計画的犯行でその手段・方法は極めて巧妙・狡猾・冷酷というのほかなく、被告人に欺きとおされた遺族の心情は察するに余りあるものがあるのみならず、被告人は騙取金員の大半を競輪・競馬・賭博に費消したまま被害の弁償もなされていないのであつて、被告人に妻子があり現在においては改悛の情が認められる点など被告人に有利な事情を斟酌してもなお被告人の所為は天人ともに許すべからざるものといわざるを得ず、よつて判示第一の(一)の罪については所定刑中死刑を選択し、判示第一の(二)の私文書偽造とその行使と詐欺との間には順次手段結果の関係があるので、同法五四条一項後段、一〇条により一罪として最も重い詐欺罪の刑で処断すべく、同法四五条前段および後段によれば判示第一の各罪および第二の犯罪事実一覧表(1) ないし(4) の各罪と前記確定裁判のあつた罪とは併合罪であり、判示第二の同表(5) ないし(8) の各罪はこれとは別個の併合罪の関係にあるから、前者の併合罪については同法五〇条により未だ裁判を経ない判示第一の各罪および第二の同表(1) ないし(4) の各罪につき処断すべきところ、判示第一の(一)の罪につき死刑を選択したので同法四六条一項により他の刑を科さないこととして被告人を死刑に処し、後者の併合罪については同法四七条本文、一〇条により犯情最も重い同表(6) の罪の刑に法定の加重をなし、その刑期の範囲内で被告人を懲役八月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中右懲役刑の刑期に満つるまでの分をその刑に算入し訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部これを被告人に負担させることとする。

(一部免訴の理由)

本件公訴事実中死体遺棄の点は、

被告人は、判示第一の(一)のとおり昭和三六年八月一二日午後八時過ぎ頃肩書地の自宅表四畳半の座敷において中谷悦造を殺害し、同時刻頃自宅玄関の土間において同人の死体を段ボール箱に詰め込んだうえ翌一三日午後七時頃まで自宅表の物置小屋に隠匿し、同日午後七時頃自宅西方約一〇米にある自己の経営する木工場の土間に深さ約一米の穴を堀つてこれに右死体を埋没し、もつてこれを遺棄したものである。

というのである。

しかしながら、死体遺棄の罪の法定刑は三年以下の懲役にして刑事訴訟法二五〇条五号によりその公訴時効期間は三年とされているところ、右事実につき公訴が提起されたのは被告人の右犯行後四年九月余を経過した昭和四一年五月二七日であることが記録上明らかであつて、既に公訴時効が完成しているから、同法三三七条四号により右事実については被告人を免訴する。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 浅香恒久 川端浩 金野俊雄)

横領犯罪事実一覧表〈省略〉

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